医薬学術文献検索の依頼を受けた場合の検索過程

今回は医薬学術文献検索の依頼を受けた場合の検索過程を例示したいと思います。
“急速な血糖改善は早期において網膜症の増悪を増やすとのことですが、単純網膜症の患者にも血糖改善速度は注意が必要でしょうか? エビデンスとしてまとまっているもののご提示をお願い致します。”このような依頼を受けた場合、どのように文献検索をしたら良いでしょうか?

まずキーワードとしては
”急速な血糖改善” / “早期において網膜症の増悪を増やす” / “単純網膜症”
が主要なものとしてあげられます。しかしここで一番重要視しなければならないのは、“エビデンスとしてまとまっているもの”との要望があることです。このような要望がなくともエビデンスレベルが高いものを検索するのが前提ですが、この依頼では条件として明記されていますので、症例数の少ない臨床試験や症例報告等はこの時点で除外されます。

ではエビデンスレベルが高いものとはどのようなものでしょうか?

一般的には大規模臨床試験やコホート研究といわれるもので多くの症例を長い期間追跡したものや、無作為に割り付けられコントロールされたRCTといわれる臨床試験、そのような臨床試験を集めてメタ解析したシステマティックレビューといわれるもの等です。

日本でも大規模臨床試験はいくつか実施されていますが、エビデンスレベルが高いものは海外文献に多いのでまずは海外文献から検索します。

海外文献を検索する場合は当然英語でのキーワードが必要ですので、まずはそれを考えます。

上記のキーワードから
“rapid improvement”、”acute lowering”、”glucose”、”aggravation”、” deterioration”、”simple retinopathy”等が考えられますが、”急速な血糖改善”による“網膜症の増悪”は良くあるトピックで普段から海外文献を読んでいれば”early worsening”というキーワードがまず浮かびます。このあたりは知っているかいないかでやはり経験が大きくものをいいます。

この依頼も”急速な血糖改善”による“網膜症の増悪”があることはご存知の上で“単純網膜症”ではエビデンスがあるのかというところがポイントとなります。したがって、この依頼では”early worsening”と”simple retinopathy”にキーワードを絞り込むことで正確な情報を短時間で検索することができます。

データベースはPubMedを使います。PubMedは米国国立バイオテクノロジーインフォメーションセンターが運営する医学生物学の学術文献に特化したデータベースで医学・薬学の文献検索に幅広く使われています。
PubMedで(”early worsening”) AND (”simple retinopathy”)で検索すると結果は0件でした。この時点でこのような情報はないのかなと思いますが、諦めるには早すぎます。このような場合はキーワードを変えるのが一般的ではありますが、今回は”early worsening”で72件、”simple retinopathy”で31件しかヒットしていません。ちょっと少なすぎるように思いますが、このくらいなら1件ごとに確認していっても併せて100件ほどなのでそれほど時間はかかりません。またずばりではないが近い文献を見つけた時に、実際にその文献を読んで欲しい情報が引用文献として紹介されていないか、またPubMedにはsimilar articlesといった類似の文献も紹介してくれる機能があるのでそのような情報も手掛かりに検索していきます。

今回の場合はこのような検索の過程で以下の文献が目に留まりました。

Early Worsening of Diabetic Retinopathy in the Diabetes Control and Complications Trial

Arch Ophthalmol 116 (7), 874-86. Jul 1998.[1]

これはDCCTという厳格な血糖コントロールによる合併症抑制効果を検討した大規模臨床試験といわれるもので、少々古いものではありますが“エビデンスとしてまとまっているもの”との要望に合致します。文献を見るとベースラインの網膜症の重症度分類別に網膜症の増悪の危険度を検討しています。ここで、網膜症の重症度分類はいくつかあり統一されていないという問題があります。この文献ではETDRS分類が用いられており、“単純網膜症”という分類はしてないのです。ですから(”early worsening”) AND (”simple retinopathy”)ではヒットしなかったのです。しかしETDRS分類で単純網膜症に相当する重症度およびそれ以外の重症度でのデータを見れば依頼者の要求に応えることはできます。そこで同様に参考となる情報がないか検索の幅を広げるために、(”early worsening”) AND (retinopathy severity)で検索するとより多くの文献がヒットしました。しかしこの中でも“単純網膜症”での検討は見つからず、他に類似の文献はありませんでした。

このように“単純網膜症”は外せないキーワードではありますが、“単純網膜症”のような比較的軽度な網膜症を合併する患者にも厳格な血糖コントロールは注意すべきかというのが依頼者の意図ですので、“単純網膜症”での報告は見当たらなかったと安易に結論づけるのではなく、依頼者の意図に合致した文献検索をすべきなのです。

今回は文献検索の1例を示しました。これがすべてではありませんし、詳細も省略している部分はありますが、大体このようなプロセスで検索いたします。
まとめると、依頼者の意図をくみ取る / 外せない条件を絞り込む / どのデータベースを使うか方針を決める / 適切なキーワードを設定する / 検索にヒットしなかった場合は、 / 検索範囲を広げる / 近い文献を読んで引用文献等に紹介されていないか確認する / similar articlesを確認する
等です。特に検索してヒットしなかった場合どのように対処するかは検索者の知識や経験に左右される部分が大きくなると思います。

[1] Clinical Trial Arch Ophthalmol, 116 (7), 874-86 Jul 1998

Early Worsening of Diabetic Retinopathy in the Diabetes Control and Complications Trial
https://jamanetwork.com/journals/jamaophthalmology/fullarticle/262924